神の理論 ≪theory of god≫ 神の家族 ≪family of god≫

祈り
大既成でも、新興宗教でも、この神でも、何の技術のイメージ本気かの程度に応じて、指導神クラスが出るしかねぇから、この世のしがらみ、大衆ウケ称名とは無関係。別に何の神でもい~んだけど。猛烈に邁進してても、“実在”として祈るんでないと、直接の加護は難しい。確かに、野蛮な言動で有名で、信仰とは縁が無さそ~な、第一線の格闘家が、試合前や後、敬虔に祈ってたりするけど、全国規模で、猛烈に邁進する事自体、自然と神を意識するレベルにはなるけど「いる。」でないと、「いるかも…。」に比べたら、若干、自身の幽体が、成功のイメージに転嫁する確率が高くなるって話。

家族
早朝、東京に出張して、時間あるし、リザーブで、本でも読みながらゆこ~と、のぞみ止めて、ひかりに変更。しめしめ、自由席の2号車は俺一人。それが、大阪で、8人大家族が乗って来た。2号車全部空いてんのに、そこのオヤジ、何故か、俺の付近の座席に決めて、子供らは『父ちゃん、何で、こんなおっさんの横に…』と若干、不思議そ~な顔してたが、まいっかと気にしない。オヤジは直ぐ寝てる。「マスクして、会話は最小限…。」車内放送してんのに、ガキや母ちゃんは、マスクもせず、ぺちゃくちゃ。行ったり来たり。その時に気付いた。この家族、俺の存在が、全く目に入ってない。「俺は霊か、でも、ヤバイ奴だったら…。」確かに、他者基準じゃねぇけど、自己基準でもない。

除霊
外で見えるくらいならい~けど、下宿に上り込んで出てかない。立てたり、かけたり、出したり、部屋の電気点滅させたり、耳元で嗤ったり、蹴って転倒させられたり、爪痕が残るほど掴んで来たり、話してる女性の胸揉んだり、洗顔中の鏡に崩れた顔で映ったりする。どんなに頼んでもダメ。塩撒いても、十字架切っても、お経上げてもダメ。お祓いしても(何であんなに値段が高い)その時はいなくなるけど、またやって来る。仲間呼んで、どんどん増える。警察呼ぶ訳にもゆかず、困り果てた頃、「何でこんな目に遭わなきゃならねぇんだ。」沸々と怒りが込み上げて来た。下腹に渾身の力を込め、「うぉ~、も~許さん、出てけ、このクソ霊ども、ダァ~!スッといなくなる。「あれ…。」後年、神霊師匠に逢って、開口一番、霊の対処法を問うと、「喧嘩ですよ、下層霊なんて。死の壁を越え、この世に戻る事自体、犯罪霊。犯罪者と同じ。怯えて、慰めたり、拝んだり、ゆ~こと聞いたりしたら、どんどん付け上がる。」確かに、霊それぞれ、幽体の個性(本当の個性は技術のイメージだが)ゆ~か、生前の信仰で、お経や塩で素直に上がるのもいるし、滅多にないが、ホラー映画レベルの超下層霊になると、喧嘩で興奮して挑んで来たりするのもいるから、一概にはゆえんけど、ほとんどは、こちらの気の強さが大事。確かに、この点は気合と根性。そら、はかなげで、感傷的な歌手や家庭的お笑いスタアでも、若い頃の喧嘩の逸話をよく聞くけど、昔から不思議だった。隣にいるのに、俺には憑いても、気の強い姉貴には憑かね~筈だよ。度の過ぎた人との争いは調整不足。他者基準的にダメだけど。だから、スポーツ、特に格闘技を、高度霊能者が、おススメする理由

大得意
四六時中考えてるオナニー秀才や天才に勝と~思たら、疲れた時のスパイダソリティア、パズル…より効率的で、達成感のあるルーチン作業にハマれ。

凄い
偉人やアイドルちゃんなら大歓迎だけど、全身バラバラが日常の、もの凄い悪党さんも生徒で弱る。ま、肉体人間である以上、死ぬまで反省の機会はあるし。そもそも、今まで、ど~反省したらい~のかさえ分らんかった筈で…。

24htv
初回、昔の彼女の頃から…。賀茂川の河原で、普段のヘラヘラプ~顔をバカにしてた吉本芸人と女子アナの必死のリハーサルを見て感動。当時は、い~人ネタと落差技術の混同時代「い~人ボランティアと(その臭さ寒さを笑う)お笑いは相容れない。」哲学のビッグスリーや評論家にも怪訝な顔され、大変だった時代…。

同質
現代メディアも大宗教家も聴講生のあの世の専門家だから、多種多様の下層世界を探訪・見聞してゆ~けど、時に人命も犠牲になる高度公平調整で、イソップ童話や「悪党は地獄ゆき♪」みたいな、子供用の単純な話じゃないけど、んな難しく考えなくも、公平調整の社会経験を経て、冷静に見てたら、大体「あんなのが天国ゆく訳ね~♪」と、常識的(公平調整的)に感じるだろ。

得意
秀才って、何でも勉強に結び付け、調べ始める努力ゆ~より、ど~考えても、楽しんでる。しないより、リラックスしてる。それでいて、「勉強が楽し~んだ♪」ゆお~もんなら、蛍雪時代の苦学生みたいに怒り出す。天才数学者は、未解明の難問にブチ当たると、そればっか考えて、人生が狂うそ~。俺ですら、ガキの頃から、何でも、神かエロか法律に結び付けて考える癖がある。各分野の有名人って、大概そ~。凡人でも「仕事と失恋は猫でもうなされる。」猫はうなされんだろ。習う世界ではない。失恋の恨みで他者基準にしても、四六時中考えてる奴らに、その分野が勝てる訳ね~。ならば、自己基準的に、人生で、何を四六時中考えるかの問題に転嫁(凌駕)。

感動
師匠やソシちゃんが賞採ると、な~んも俺と関係ないのに、1日中ウキウキ♪ 翔ちゃんがホームラン打った、ひ~きのチームが勝った、日本が勝った…。素人が100㎞マラソン完走した。国籍や嗜好が同じってだけで、200%無関係なのにウキウキ。不思議な感覚。でも、だからって、他者基準って弾劾するほどでもない。今日1日、私も頑張れる、自己基準的な気分。だけど、「一週間以上、映画の感動が続いたら精神異常。」精神科医の復刻フレーズ 神は、同質世界の思いを自ら作る事に、人間の自由意思を与えてる。祈っても、人間の仕事である幽体を引き上げてくれない。親にだって毎日褒められない。他に、他者の影響で、日常的に、自分の幽体を引き上げてくれる貴重な事象なんてあるかね。「私は、文科系で、スポーツには関心がない。」なんて秀才評論家の、個人的な趣味嗜好レベルの話ではない。